重川 秀実教授 — プローブ顕微鏡が拓く極微の世界

教授 重川 秀実(しげかわ ひでみ)
所属 筑波大学数理物質系物理工学域
筑波大学大学院数理物質科学研究科電子・物理工学専攻
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プローブ顕微鏡が拓く極微の世界

16世紀の終わりに顕微鏡が発明された。人々は身近に全く新しいミクロな世界があることを認識した。それ以降、もっと見たい、知りたいという情熱が顕微鏡を進化させてきた。重川教授が取り組むのは究極の顕微鏡の一つ「走査トンネル顕微鏡」を発展させた新しい顕微鏡の開発と、それを使った新しいナノスケール科学の創出だ。

 先生の研究目的を教えてください。

新しい顕微鏡法を開発し、その顕微鏡技術を使ってこれまで見る事ができなかった物質の物性(性質)を探り出すことです。固体の表面や分子の原子を観たり操作することができる走査トンネル顕微鏡/法(Scanning Tunneling Microscope/Microscopy: STM、エスティーエムと読む)に、量子光学の最先端技術を組み込むことを試みています。

STMとはどのような物ですか。

図1 STM測定の模式図。試料(ここでは金属基板上に置かれた一つの分子)に最も近い金属探針先端の原子と試料の間に流れるトンネル電流を測定する。

STMとは、簡単に言えば、先端の鋭い金属の針を探針(プローブ)として使い、観察物の形状や針の真下の物質の性質を調べることができる装置です。針を観察物に近づけ、針と観察物の間に電圧(バイアス電圧)をかけ電流を流します。トンネル電流(Tunneling current)と呼ばれるもので、距離が近いと流れやすく、遠いと流れにくくなる性質があります。トンネル電流値の変化は距離に極めて敏感です。そこで、針を観察物と並行に動かしながら(走査=scanしながら)、トンネル電流を一定に保つように探針を上下させ、針の3次元的な軌跡を記録すると、観察物の凸凹形状の像が得られるます。ここで使う針は先端がナノメートルオーダー(1ナノメートルは1メートルの10億分の1。原子の大きさは、凡そ、その10分の1)に加工されており、図1の様に試料に最も近い原子からのトンネル電流が測定に寄与します。したがって、この顕微鏡は観察物の表面を、一つ一つの原子を区別して観ることが可能な解像度で描き出すことができます。みなさんが馴染みのある筒を覗き込む顕微鏡に比べると、随分と異なった原理を使っていますが、これも微小な物体を視覚的に拡大するという点で顕微鏡の仲間です。また、例えば、バイアス電圧の大きさを変えてトンネル電流の変化を調べると、形状に加え、試料が分子であれば分子の中の電子の軌道など、いろいろな性質を明らかにすることができます。更に、バイアス電圧やトンネル電流で試料から特定の原子を引き抜いたりすることも可能です。

STMを使う理由はなんでしょうか。

私が目指す研究は、物質の機能を原子オーダーの狭い範囲の性質を基に理解していくことです。顕微鏡に限らず多くの計測器に言えることですが、計測できるのは原子の大きさに比べてずっと大きな広がりを持った領域です。物質というのはたとえ均一に見えてもミクロに見ると様々な乱れがあります。単結晶と言われるような均質な物質ですら、表面には原子の段差(原子ステップ)があり、平らな部分にも原子や電子の抜けがあり、原子の間に紛れ込んだ別の原子(不純物)があります。それぞれの部位に固有の性質があるはずで、それらすべてを明らかにして初めてその物質を理解したと言えます。例えば触媒などの物質は、ある特定の原子の上でだけ反応が起こるものがあります。その原子周辺を活性点と呼びますが、触媒としてのその物質を正しく理解するには、それぞれの部位の情報を切り出して考察することが大切になります。それは、機能するサイズが10ナノメートルにまで達した半導体デバイスから、細胞の中の様々な反応まで、あらゆる分野に共通のことです。

先生の研究の新しい点を教えください。

STM自体は新しい手法ではありません。1982年にビーニヒとローラーという人が発明したものです。この功績により2人はノーベル物理学賞を受賞しています。私が行っていることは、このSTMに、単に硬いとか電気が通りやすいとかいう静的な性質ではなく、時間とともに変化していく様、すなわち“ダイナミクス”を測定できる新しい機能を与えることです。

今試みているのはSTMと超短パルスレーザーとの組み合わせです。パルスとは短い時間だけ光る光のことです。カメラのフラッシュなどもパルス光の仲間ですね。新しい顕微鏡では、例えば、フェムト秒のパルス光をSTM探針の下に置いた試料に当て、探針の直下の部位で起こる超高速現象をSTM(トンネル電流)で捉えます。フェムト秒とは千兆分の1秒(10—15秒)のことです。光は1秒で約30万Km進みますが1フェムト秒で進めるのはたったの0.3ミクロンで、光でなければ感じ取れ無いようなごく短い時間です。なぜこのような短い時間だけ光るレーザー光が必要かというと、原子の世界の変化、たとえば分子内の原子の振動や、電子の軌道の間の電子の遷移などが、ピコ秒(1兆分の1秒)やフェムト秒など、きわめて短い時間内に起こるからです。ダイナミックスを測定するには、現象より短いパルスが必要で、フェムト秒の現象を見るには、アト秒(フェムト秒の千分の1秒)と呼ばれる領域で測定のスイッチを制御できる光が必要になります。アト秒科学は、現在、量子光学の最先端です。 最近、光波と電波の中間領域にあたるテラヘルツ(THz)領域のパルス光の利用も注目を集めていますが、THz-STMも魅力ある顕微鏡です。

図2 (a)光学的ポンププローブ(optical pump-probe: OPP)法と、(b) OPP法をSTMと組みあわせた光学的ポンププローブSTM(OPP-STM)の模式図。ある遅延時間を持たせた二つのレーザーパルス(ポンプ光とプローブ光)を試料に照射し、ポンプ光で励起した状態の緩和を、例えばプローブ光の反射率変化ΔRの遅延時間依存性で調べるのがOPP法。OPP-STMでは、プローブ光の反射率の変化により生じるトンネル電流の変化を測定する。OPP法では、空間分解能は一般に波長程度の広がりで制限を受け、実際にはレーザースポットの領域で平均された情報になる。一方、OPP-STMでは、OPP法の時間分解能(パルス幅、フェムト秒レーザーならフェムト秒)とSTMの空間分解能(原子レベルの分解能)の両方が達成される。

実際にはどのようにして性質の変化を見るのでしょうか。

ポンププローブ法という手法を使います。この手法は量子光学の技術の一つで、図2(a)に示すように、試料に2つのパルスレーザー光を連続してあてます。1つ目をポンプ光、2つ目をプローブ光と言います。2つのパルスの間の時間を遅延時間(delay time)といいます。
ポンプ光の役割は、試料を励起(れいき)することです。励起とは平たく言えば何かの状態がエネルギーの低い状態から高い状態に変わることですね。1つ目のポンプ光が消えたら、高エネルギーの状態は少しずつエネルギーの低い状態に変化していきます。この変化を緩和(かんわ)といいます。この緩和をどのように評価するかがポイントなのですが、例えば緩和によって変化する反射率Rを測定する方法があります。プローブ光は、この変化を測定するための光です。 遅延時間を少しずつ変えてプローブ光の反射率を測定し、これらを時系列に繋げると、反射率変化のコマ送りデータをとることができます。このような操作を“時間分解”といい、このデータにより試料の性質の時間的変化(ダイナミクス)を追うことができます。
OPP-STMでは、プローブ光の反射率の変化により生じるトンネル電流の変化を信号として計測します(図2(b))。STMが得意な“scan“と組み合わせ、測定したトンネル電流変化の数値に色を割り当てれば、ポンプ光により励起された状態が緩和するダイナミックスのマップ、即ち”時間分解STM像“を得ることができます。

図3は、ヒ化ガリウム(GaAs)表面に蒸着して作製したナノスケールのサイズを持つコバルト(Co)ナノ粒子対象として時間分解測定をした結果です。ナノ粒子とGaAsの界面には新しい状態が形成され、励起された電子が、その状態を通じて基の状態に戻ります。Aは、Coナノ粒子/GaAs表面のSTM像。Bは、時間分解STMにより得られた、励起された電子の緩和の寿命(元の状態に戻る速さに相当)の2次元像(マップ)です。例えば、触媒反応では、ナノ粒子界面の電荷移動がその特性を決める重要な役割を担いますが、OPP-STMの開発により、こうして、ナノ粒子の構造を観察しながら特性の評価を行うことが可能になりました。

図3 GaAs表面に蒸着して形成されたCoナノ粒子に対する時間分解STM測定の結果。AはCoナノ粒子のSTM像。Bは、STM探針をscanしながらそれぞれの点で時間分解測定を行い、励起された状態が元の状態に戻る緩和の速さ(緩和時間)を明るさの表示(値を色で表すカラー表示)で示したもの。Cは、AとBを重ねた図。Co粒子の場所で、緩和時間が短く(緩和が速く)なっていることが分かる。Dは、図Bの中の直線に沿った寿命像の断面図。ナノ粒子の端で緩和時間が急激に変化しており、時間分解測定が、1ナノメートルより高い原子レベルの分解能で行われていることが分かる。

 

図4は、GaASで作成した量子井戸構造(aの赤い部分)の中での電子スピンをダイナミックス評価した例です。スピンとは、地球の自転の様に電荷を持った電子が自転することで生じる小さな磁石の様な状態として説明されます。また、量子井戸とは、数ナノメートルの幅の、電子を閉じ込める井戸のような状態を人工的に作り出したものです。狭い領域に閉じ込められることで電子はいろいろと面白い性質を示しますが、本顕微鏡の開発により、一つの量子井戸を対象として、詳細な研究が可能になりました。

図4 (a)AlGaAs/GaAs/AlGaAsの構造を持つ幅6ナノメートルの量子井戸の中に揃えられた電子スピンの緩和の様子((d)がその様子)を調べた実験の模式図。(b)のSTM像を観察しながら、(a)のようにSTM探針を測定したい量子井戸の真上に持っていき、時間分解測定を行う。(c)ポンプ光でスピンを励起して向き揃えてから2.3ピコ秒の時点でスピンがどの程度揃っているかを表す時間分解信号。(e)スピンは磁場の中では、コマのように歳差運動を行う。その様子を、時間分解測定した結果と模式図。振動しながら減衰していくデータを調べる事で、STM探針真下の非常に狭い領域で物質が持つ磁性の性質を明らかにすることができるようになった。

学生時代や下積み時代のことをお話しいただけますか。

私の小学校の卒業文集には『天文学者、それが将来の夢』と書いてありました。宇宙の姿、その果てがどうなっているのかを知りたくてたまりませんでした。中学高校時代はアインシュタイン博士の相対性理論に世界の不思議を思い、大学時代は、ファインマン物理の世界に引かれ、ファインマン先生について書かれた本に夢中になりました。大学院では、『きりんのまだら』他で有名な寺田寅彦先生の孫弟子にあたる兵藤伸一先生の下で研究を行いました。先生は、人まねではない、独自のスタンスで、一風変わった現象を扱うことを信条とされていました。先生に、「エキソ電子放出(金属などが損傷を受けると、仕事関数以下の励起で、または自然に電子が飛び出してくる現象)のメカニズムを探ってみないか」と、最初のテーマを与えられました。そのテーマをどう進めるか悩む過程で、光照射を用いる事を思いつき、光の強さや波長を変化させ電子放出のダイナミックスを調べる事を行いました。この過程で、全く経験の無い真空装置を立ち上げ、光照射のシステムを組み上げることから始まり、解析方法なども考案する必要がありました。悩むことが多く、既存の装置や、よく見る式を使って実験、解析を行う人達が羨ましく思えたこともありましたが、今から振り返ると、この時の、全てを自分自身の力で一から始めた経験が、大切な基盤・土台となっています。 研究を始めてから、寺田寅彦先生のひ孫さんが研究員として加わってくれ大きな成果を得る縁を持ちました。全くの偶然ですが、やはり、宇宙には秘密があるのですかね?

博士課程1年の9月に研究室の助手に採用され(博士課程は8月に中退、現在のシステムでは博士課程後期1年)、その後、学生の卒業論文や修士論文を指導しながら研究を進める生活が続きました。自分の研究経験も浅い状態で人を指導することに戸惑いもありましたが、次々やってくる学生の為に新しいテーマとそれら研究をどう進めるかを真剣に考えねばならなくて、それは大変でしたが、とても勉強になりました。大学生になって家庭教師をすると、自分が勉強したことが初めて見えてくるという経験と似ているかも知れませんね。教えることは教わる事です。
助手になってからアメリカのベル研究所に留学しました。このとき多くの第一線の研究者と出会い、好きなお酒のお付き合いもあり、今日まで続く大切な友人となりました。一流の人達と、その質の高い研究に触れられた事が、自身の意識に強い影響を与えた貴重な経験だったと思います。

写真: 恩師兵藤先生の古希のお祝いとRohrer博士の退職記念の式。左端が司会をする重川先生。右端が兵藤先生。ブルーのスーツが、STMの発明でノーベル賞を受賞したRohrer博士。

下積み時代の経験は今の研究にどのように生かされたでしょうか。

紹介した新しいSTMの開発について「そんな事は無理」、「誰かがやらないといけないが、あえてリスクを負ってまでは・・」と言われた事もありました。その後、一度できることが分かると、多くの人が参入し加速度的にいろいろな事が実現しました。多くの人が二の足を踏んだテーマに抵抗なく挑戦でき、先駆的な研究ができたのは、人まねを嫌う兵藤伸一先生の影響と、全てのことを自分自身で一から始めて研究を行った若い頃の経験が自信になっていたからだと思います。

筑波大学の数理物質科学研究科への進学を目指す人へアドバイスをお願いします。

第一線で頑張る人には共通の姿勢があります。野球でもサッカーでも芸術でも同じです。そういう人たちに若いころに接して、自分の意識を高める事が大切です。がむしゃらに突き進む勇気も必要です。できないかも知れない、ここが難しい、などと後ろ向きの姿勢で入るのでは無く、常に前向きに受け止め、「やってみよう」、「ではどうするか」から始める姿勢が大切です。そして、始めたら諦めない。どんな事においても『天は自らを助くる者を助く』と思う事が大切ですね。